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現代社会の変化と法律学のチャレンジ
町村 泰貴 教授
法学部 法律学科
専門分野:民事法学
町村 泰貴 教授
法学部 法律学科
専門分野:民事法学
最後に、近年話題となっているLGBT問題にも触れておきましょう。日本でもセクシャルマイノリティに対する理解が進み、その差別は不当なことだという認識が一般的になってきました。もっとも、世界的にはもっと進んでいて、同性婚を法的に認めたり、少なくともパートナーシップ制度を法律で認めて同性カップルに法的な地位を認める国が多くなってきています。それと比べると、日本ではまだ同性婚はおろか、同性カップルのパートナーシップ制度すらも国の制度としては存在しません。名目的なパートナーシップ制度を始める自治体はかなり多くなってきていて、それによってカップルとして認める動きもあるようですが、法的には極めて初歩的なレベルであることは衆目の一致するところです。
ただ、そんな日本でも、性同一性障害を理由とする戸籍の訂正制度は、法律上も認められました。男性として生まれた人が性転換手術を受けて女性に戸籍を訂正し、男性と法律婚をする途が開かれました。逆も同様です。そうなると、今度は、生殖補助医療の助けを借りて、その夫婦間で子供が生まれることもありえます。女性として生まれた人が男性へと戸籍を訂正し、女性と法律婚をし、妻となった女性が第三者提供精子による人工授精で、婚姻中に出産するということがありうるわけです。その場合に、元女性の夫と妻の産んだ子は実の親子と認められるのでしょうか?
前に書いたように、法律婚カップルの妻が懐胎した子は、そのカップルの「嫡出子」として推定されるのが原則です。この原則からすれば当然、元女性の夫と妻との間でも、妻の産んだ子は嫡出子として認められそうです。しかしこの原則にも例外があり、外形上親子とはなりえない状況にあった場合、例えば夫が刑務所に収容されている間に妻が懐胎したという場合は、この嫡出推定は働かないとされています。元女性の夫と妻との間の子は、この例外に当たるでしょうか。
これについては最高裁判所が既に、一定の答えを出しています。それによれば、性同一性障害を理由とする戸籍の記載の訂正を認めたことは、訂正後の戸籍の性に基づいて婚姻することを法律的に認めたということであり、法律上の婚姻の主要な効果はその夫婦間の子供を実子と推定するということなのですから、性同一性障害により戸籍を訂正した人が婚姻した場合も当然に嫡出推定が働くというわけです。
この解決は、当事者にとって当面ハッピーな結果をもたらしますが、法律上の親子なのに血がつながっていない関係をもう一つ認めることになります。その子供が大きくなって血縁上の親を知りたいと言い出したときにどうするかという問題がまたも出てきます。当面の幸福に水を差すのは気が引けますが、今どうするかというだけでなく、将来の関係も考えて決めなければなりません。法制度というのは、このように多様な意思?感情をもった人たちの利益を考えて、なるべく最善の結果を実現するように設計されています。
以上のように、法律学の世界は不思議と驚きに満ち満ちています。世の中の不思議や変化に対応して、法律学にも次々と新しい課題が押し寄せてきます。こうした新しい課題について議論するのは、法学者にとっても、また法学生として勉強する上でも、とても楽しいものですが、同時にとても苦しいものでもあります。
新しい課題の解決に用いられる問題解決のツール、すなわち「法」は、国会が制定した成文法だけでなく、古代ローマ法以来の伝統の蓄積がある重厚かつ大量のルールと、その背後にある法理論、あるいはその実践例である判例の積み重ねによってできています。その鸿运国际_鸿运国际app_中国竞彩网重点推荐を知ることはもちろん出来ません。しかし、その多くに共通する基本的な考え方を体得することはできます。その上で、実際の問題に応用して解決したり、あるいは解決できないまでも法的に問題となるところを認識できることが、法学を勉強したメリットです。そのためには、結局かなり多くの法律、法原理、そして実践例を知り、理解しなければなりません。こうした勉強は、かなりの時間と労力を必要とします。
弁護士や裁判官、検察官といった法律実務家となるのであればもちろん、法律と実務を幅広く、かつ詳しく、知る必要がありますし、問題解決能力も必要です。一般市民にとって、法律実務家ほどの知識が必要とは言いませんが、法的なものの見方を身につけて、社会で起こっていることに対する法的問題に気づくこと、法的に「あれ、おかしいぞ」と思える能力が、社会生活をおくる上でも必要なことです。そのためには、やはり、かなりの労力が必要です。
そうした大量の勉強こそ、AIができるのではないかとも言いたくなりますが、上で述べたAIの歪みの可能性を思い出してください。AIコンピュータの出した答えを人間が検証し、コントロールできなければ、歪んだ結論でも従わざるを得なくなります。そうならないためには、豊富な知識経験に裏打ちされた専門家、あるいは法的な問題発見能力を備えた市民であることが必要で、それはAIによっては代替できない領域です。
法律学が対象とするエキサイティングな出来事に対して、知的好奇心を持ち、それを理解するための法的知識を習得して、その上で解決に向けた議論を行うことが、人間にしかできない営みというわけです。