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2019.10.15
10月10日、治療的司法研究センター長法学部教授指宿信先生による「コミュニティー?カレッジ:罪を犯した人の立ち直りを考える~問題解決とその方策」の第1回が開催されました。
今回の講座は、「治療的司法」の考え方に関する内容で、地域の方々にご参加いただきました。
講座ではまず、講座の一つのテーマである刑罰の効果に関する疑問について説明されました。再犯の現状をマクロ的視点で示されたグラフを見ると近年の入所者の実数のうち、約6割が再入所者であることがわかります。刑務所人口は先進国の中では極めて少ない一方、再入者が多いことが日本の問題であることを強調されました。加えて、平成28年版犯罪白書によると、男性受刑者の罪名の割合のうち、窃盗と覚せい剤取締法違反が約6割、女性は約8割です。2回目以降の有罪判決であると推測でき、比較的軽い犯罪の入所者で構成されていることを挙げ、刑務所の実像を説かれました。更に、下関駅放火事件という具体的事案を用いてミクロ的視点から再犯の現状を説明されました。下関駅放火事件の放火犯は、出所からわずかの日数で放火行為に至っています。なぜ、放火行為に至ったのかを服役歴と出所から犯行に至るまでの動向を紹介されました。指宿先生は、犯人に心神耗弱が認められたことや福祉施設に送るのではなく施設といった何かしらの紹介の手立ては出来なかったことに疑問を呈し、刑務所は再入所者が多いことを露呈した事件であることを指摘されました。刑罰は本来罪と向き合うものでありましたが、再犯防止に役立っているのかという疑問につながります。
次に、治療的司法に関する話に移りました。治療的司法とは、犯罪者が罪を犯した原因に注目し、手立てを刑務所より前に、裁判官や法律家だけではなく、医療従事者?ソーシャルワーカー?地域のボランティアといった広範囲な支援者と共に犯罪からの立ち直りを考えるという考え方です。1980年代にアリゾナ大学のデビット?ウェクスラー教授とマイアミ大学のブルース?ウィニックによって創設された新しい司法観、司法哲学である「治療法学(therapeutic jurisprudence)」の始まりです。治療的司法が実践されている場として、被告人の更生支援に向けた問題別の特別法廷、問題解決型裁判所があります。ドラッグ、DV、ギャンブルなどの更生に関する法廷だけではなく、最近日本でも問題となっているあおり運転を挙げ、アメリカでは問題運転裁判所があることを例示されました。その後、治療的司法観と伝統的刑事司法観の比較をしました。伝統的刑事司法観は、刑罰を目的とし、犯罪事実を視点の中心としていることから過去志向であることや、刑事責任に着目し個人主義であること、形式に従い権威を守る形式主義であることなどを挙げました。一方、治療的司法観は再び罪を犯さないことをベースとしていて、過去を無視するわけではありませんが犯罪を犯した者のこれからの利益と必要なものは何かを考えることから将来志向であり相互主義で、プログラムにより更生する非形式主義です。指宿先生は、治療的司法観は犯罪者に対しての同情からではなく,社会にとっての最善の利益であるからこの考え方が重要だと考えているのだと述べられました。国際的な流れも”Punishment”から”Treatment”に潮目が変わっていると仰っていました。
第三に、刑事処分と更生回復支援策との関係について指摘されました。法務省矯正局の管轄の下で、薬物離脱プログラムや福祉?医療機関との連携など刑務所で更生回復支援が行われています。また、起訴猶予処分、執行猶予処分の者は法務省保護局が支援の下、更生回復支援を受けることができます。しかし指宿先生は、刑務所外で保護観察も受けていない状況で問題を抱えている者への更生支援が空白であり、管轄が存在しないため財政的支援もないことを指摘されました。更生回復支援を行う民間団体と官庁が連携をすることで空白を埋める取り組みがなされていると説かれました。
最後に、我が国における再犯防止施策についてお話になりました。2012年の内閣府再犯防止包括計画により、出所者の「居場所」作りという異例の提案が大きな転換点になったと指摘します?再犯防止計画の重点課題において、特に民間協力者の活動の促進と地方公共団体との連携強化等を強調されていました。これまで、官庁のみだった支援施策を民間も含めた支援へと変化させていくことが重要だと説明されていました。
これまで治療的司法センターでは、専門家向けの発信が多かったことに加え厳罰化が望まれる世論が強まっている傾向がみられることから、一般の方に受け入れられるのか、そもそも考えが聞き入れられるのかが疑問でしたが、当日は様々な年齢層の方にご参加していただいたことをサポーターという立場の者ではありますが心から感謝申し上げます。入所期間=刑罰を受ける期間と考えていましたが、講座冒頭での受刑者の罪名割合や入所者の実数に占める再入所者の割合のデータを見たのちに治療的司法の考えに関して説明を受けたことで、刑事処分とその後の社会復帰について考えさせられる内容でした。また、更生回復のためには、法律家だけではなく医療従事者などとの連携の必要性があることを学ぶことができました。
次回の講座は、林客員研究員(弁護士)による窃盗症に関する回です。
治療的司法研究センター 学生サポーター Y.A.