劇の物語が始まると、その世界の時間は絶えず前進するのが基本だ。もちろん話題が遡って背景が明かされたり、「実は…」と過去の事件が暴露されることで筋が展開していく技法は古来ありふれている。しかし場面の時間軸そのものがフラッシュバックしたり、同一の場面の中に複数の時間軸が現れたりするのは20世紀以降の特徴だ。前者は映画のフラッシュバックとほぼ同時期に出現し、後者は20世紀後半になるまで例を見ない。劇におけるこうした複合的な時間構造という現象の総合的な研究は未開拓の領域であり、私は2020年からこの研究を開始した。このテーマへの方法論として有力なのがナラトロジー(物語論)であるが、小説をモデルとして展開したこの理論では、劇を扱うための道具立てが未発達であるため(映画についてはかなりの先行研究があるが、それとも異なる)、劇のナラロトジーの構築を同時並行でおこなっている。その上で複合的な時間構造の劇世界の多様性を包括的に論じることを目指していて、そのための方法論は模索中であるが、ドイツの詩人?劇作家?思想家ゲーテに由来する形態学Morphologieの概念を踏まえた近年の文化学の研究動向(キーワード:Formen der Zeit/Shapes of Time(時のかたち))に刺激を受けている。